事業化について

2013年4月16日

その他

先週ですが東京の友人を浜通りにお招きしました。

それは私が地域開発に繋がる事業を起こす為に、共通の認識を持つ為です。

百聞は一見にしかずではありませんが、被災者がいくら被災地の現状を語ろうとも、一般の方々には上手く伝わりません。
それよりも見て感じてもらった方が何十倍も意義があります。

広野町を知っていますか?
双葉郡広野町は現在皆さんが住む地域と特に変わりません。
それは行政上の扱いという点です。

しかし原発事故後は警戒区域に一時編入され住民が全て避難した経緯があります。

もう少し詳しく言うと、[Jビレッジ」という日本有数のサッカー専門の宿泊施設がある町です。
そのJビレッジは今は福島復興本社となり、原発復興の最前線基地さながらです。
新広野寮といわれる東電社員専用のプレハブ寮があったりします。

町の現状は国道6号線に民宿、コンビニがあるだけで、学校は閉鎖状態、スーパーも原発関連企業の事務所になっています。
家族が住む事の苦しい地域になってしまいました。

私は現在警戒区域、避難解除準備区域になっている、楢葉町、富岡町、大熊町、双葉町、川内町、浪江町の将来を如実に表している町が
広野町だと思っています。

結局は除染が済めば「帰らされる」のです。
殆どの方は避難が長引いていますから新しい町で新しい生活を始めています。
仕事もしています。家族は新しい学校で友達も作っていることでしょう。
つまり若い世代と中間世代の家族は帰る選択をとりません。
戻ってくるのは原発関連の仕事をしている、もしくは50代を越えた人達でしょう。

震災後2年が経ちました。
東京電力もどうやら町のお金をかけて再興する気もないようです。
国も除染はしてくれていますが、その先は未定です。

結局は被災地は被災者が立て直すしかないようです。

私は将来に向けて事業を興そうと思っています。
その為に強力な友人達もできました。

今は視察の段階で土地の調査やニーズの調査をしています。

友人達を富岡町まで連れていきました。
かなりの衝撃を受けているようでした。
TVは面白おかしく一部抜粋で放映しています。
現地の人間が現地を案内すれば沢山のドラマがあります。

具体的に進むにつれてご紹介していきます。
言うほど大きな事は出来ないかもしれませんが

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