両親の笑顔

2013年3月22日

その他

20日は祝日であった為か、帰還困難区域である浪江町津島地区に多くの方が訪れた。

4月からは容易には入れなくなる

皆がお墓参りと家の片付けに追われていた。

震災後、久しぶりに会う友人知人に話がはずむ。

内容は元東電の立場では胸に突き刺さる内容ばかり。

それでも会えたことの喜びが上にいくのか、

皆笑顔が絶えなかった。

私の両親も笑顔で機嫌がいい。

しかし、昨日と今日と連続で立ち入るのは

4年は帰れないから故の片付けと心の整理だと思う。

震災後、東京電力社員でいた私を一度もなじることなく
体の心配ばかりしてくれる

自分のちっぽけなプライドで嫁を巻き添えにして

無職を貫き、原発で働く人達の為の活動を続ける私をどう思っているのだろう?

嫁の両親からすれば人生の全てを奪った会社の一因だった人間

しかも東京電力社員擁護の活動をしている。

また、自分の娘を巻き添えにして

一緒に片付けを手伝いながら、複雑な気持ちになる。

複雑な関係の中でやれることをやらなければならない。

道は見えず、障害も多い。

原発事故の収束は、東電批判で終わらせた先には決してない。

むしろ現地の人間を守ることで開ける問題

仲間は少ない、でも間違っているとは思わない

いつまで続けられるかの問題

心を強くありたいと思う

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