町主体の原発事故賠償について

2013年5月16日

その他

久しぶりに「いわき市」に帰ってきました。
郵便受けに沢山の郵便物が溜まってしまいました。

私の避難元である浪江町からの郵便物でびっくりするものが・・・
なんと町の方で、町民の委託を受けてADR「和解仲介手続き」を行う為の書類が届いていたのです。

これは原発事故による被害者への慰謝料の増額を求めるものです。

全国の方は、原発事故被害者の方々が多額の(遊んで暮らせるような意味での)補償を
受けていると思っている方がほとんどだと思います。

実質は精神的補償として月10万円と家財の補償という形で450万ほどの補償をもらっているに過ぎません。
原発事故により職を失ったと東京電力が認めた場合には、当時の給与が全額補償されている方もいます。

沢山のパターンがありますが、いずれにしても事故後4年or5年までの補償となっています。

被災者の方々の多くは、その補償金で「ただ生きているだけ」とも揶揄される生活をおくっています。

人生を奪われた人達にとって1000万ほどの補償は決して多額と言えないと私は思っています。

また、土地や家屋の補償も始まりましたが、あくまで震災前の価値でしか補償されません。
固定資産税を逆算してもとめられる為、長く住んでいた人ほど雀の涙のような補償しか受けません。
逆に新築の方は、ローンと同額と考えると±0といった感じになってしまいます。

このような書類を町が住民に送ることが、国が定めた補償額が実情にマッチングしていないことを指します。
もっと簡単に言えば、なけなしの補償で苦しんでいる被災者の方々が多数いることを指しているのです。

5月の末には警戒区域が解除されます。

被災者の方々の苦しみを改善するには、どうしても政治に頼らなくてはなりません。
町が主催でこういった活動に乗り出すことを、重く捉えなければならないと思います。

数年後に町に帰っていいよと言われるでしょう。
しかし、その頃には震災から5年ほどの月日が流れます。
当然福島第一は廃炉が終わっているはずがなく、今のような状況では世界一危険な不安定な原子力発電所が間近にある生活になります。

現在震災から2年と2ヵ月、今だ原発事故の最中にいるのだなと再認識した次第です。
皆さまも決して風化されることなく、そんな問題が継続している事実を知って頂ければと思います。

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