福島第一原発で働く人を守ることについて

2013年7月28日

その他

先日のラジオの反響を読んでみると、現地の人間が褒められると思っていたら、罵詈雑言を浴びて、やるせなくて辞めていってると思われてる。
加害者企業の一員なんだから多少の子供へのいじめや人権を無視したバッシングを受け入れろってことなんだろうか

私が辞めてまで講演していることも、結局は東電上層部と同じ考えの浅はかななものとまで言われる。

現地の社員は当然、加害企業の一員という罪悪感もあるし、あえてバッシングされる事に反論する気も当然ないし、自分達が廃炉を進められない事実への叱咤だときちんと理解している。

現地の人間達が辞めていくのは、罵詈雑言だけが原因ではない。
大きな要因としてあるのが、働いていける環境にいないということだ。

一度でも現地に足を運んだ人なら分かるが、震災前から現地は過疎化が進み
満足な商業施設や居住環境がなかった。
現在は広野町のJビレッジを拠点としているが、一度屋内退避区域となった経緯から以前から少なかった商業施設が壊滅状態になっている。

結局の所、買い物一つ出来なくても我慢してプレハブ住宅に住むか
広野町に隣接する「いわき市」より2時間近くかけて原発にかようようになる。

重要な問題は収束作業の第1ステップである高レベル放射能排出を防ぐこともできていないこと。
そしてそれ故に廃炉が30年、40年どころではなくそれ以上に長引くこと。
その間、必要な人材を確保しなければならないこと。

これだけ職業の選択の自由がある日本において、誰が原発で働きたいと思うのか?一部の勇士が集まっているようだが、彼らは続々と境遇の不遇を嘆き辞めていっている。

私が東京電力社員だけを擁護していないことは明白であるはずなのに、本当の本質的問題に気づかず、現地の支援を考えていこうとしないこの社会は大きな過ちを既に犯している。
結局は自分は知らんと、社会的に弱者となった人間達に原発事故の後処理を放棄してしまっている。

そこで生きているのは人間だという事実
怒りもすれば悲しみもする
確実に肉体的にも精神的にも壊れていく

一つの事実として当時「命をかけた」人間達がいる。
そしてうかばれず、不遇でも今も向き合っている。

私は思う。彼らがどこかで決壊したらどうなるだろう。
なまじ知識がある。いかようにも出来る。
そしてそれを表すように福島第一では不審火すら起きている。

日本が抱える最大の悪であり問題である、福島第一原発事故の収束を支える人間達が満足に働いていける居住環境、給与、作業環境を整えるのが
収束に絶対不可欠である。

東京電力もそうだが、私達も福島第一原発が収束できる可能性が現時点でかなり無理に近いことを認める時点にきているのではないか。
穴だらけな原子炉に注水していくことは、半永久的に汚染水が増えることを差し
そして、高線量の事実は漏水場所の特定や原子炉中枢部へ入ることを不可能にしている。

そして一利益企業である東京電力に全てを任せることは、その原発が収益を生み出す事がないことからも既に破綻している。
なぜならグループ全体の利益を追求することは防ぎようがないことだから。

原発事故の責任は逃れられるものではない。
しかし、責任という言葉のみで全てを任せた結果が進まぬ収束である。
はっきり言えば、東京電力だけでは「不可能」だということ。

現地の命題は「これ以上の放射能汚染を防ぎ、かつ維持していくこと」
私は福島第一原発は完全に東京電力から切り離すべきだと提言する。
国の直接管理下とし、そこで働く人間達を言わば「原発収束専門公務員」として扱い、給与や居住環境の優遇をし、恒久的に立ち向かう仕組みを作るべきである。

放射能の拡散を止めずしては、放射能から身を守る法律(特に子供達)を制定しようともそれは遠方への避難でしかない。
せまい日本に逃げ場などない。それは汚染分布が表している。
ここで生きていくには
今それを考えていかなければならないはず。

私の活動だけではない。ジャーナリストや一部の政治家が執拗に現地の情報を問題として扱うのは何故なのか?創造力をもって、冷静に考えて頂きたい。
知っているからこそ警告するのである。

誰かが何時かどうにかするだろう
その先には暗雲しかない事実を理解してほしい。

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