原発事故避難区域一時立ち入りへの思い

2013年10月26日

その他

久しぶりに浪江町に一時立ち入りに行ってきました。

以前お会いした方が、現地を見てみたいと言われ、私も暫く帰っていないのでガイドを兼ねてです。

事前に役場で立ち入り許可書を作っておいたので、大分すんなりいきました。

その申請書を貰ってしまえば、特に後は手続きがありません。
検問所で身分証明書を見せる程度です。

いわき市側(南側)から向いました。浪江町に行くには大熊町、双葉町といった警戒区域を通っていきます。福島第一も目視できる距離までは近づくことになります。

でもマスクも防護服もありません。身に着ける義務がないのです。
長時間滞在するわけではないので、瞬間的に浴びる線量が低いということです。

それと今では、通れる所、入れる場所が限定され、私の場合浪江町のアパートが目的地ですから、それまでは車を停めて降りることも、他の地域に出はいりすることも認められていません。

いわき市から浪江町まで、通ったのは国道6号線のみです。
その支流となる横道は全てバリケードが張られていました。
以前はなかったので、懐かしい気持ちから大熊町や双葉町の中も散策出来たのですが、今はそうも行きません。

ただ漫然と走る。私はいわき市の南の外れに住んでいますが、浪江町のアパートまで2時間30分かかりました。
同じ県内、浜通りとは言えども、さすがに遠いと感じずにはいられません。

久しぶりについた、我が家は駐車場の周りがジャングル化していました。
部屋の中は、カビくさく時が止まっています。
玄関で靴を脱ぐことはありません。空いていた窓でどうせ汚染しているし
細かい掃除が終わっていないので、ガラスや陶器の破片を踏む恐れがあるから。

平日の一時立ち入りは人も少なく、私がいった時間は2時頃だったので
4時までには警戒区域を出なくてはいけない事情もあり、町には人はいませんでした。

もうあまり来る事はないでしょう。部屋に置いてある何気ない物が、一つ一つ思いでの品で、持って帰りたくても今のアパートに置く場所がありません。

帰るたびに、帰ってもどうしようという気持ちが湧いてきます。
離れた時間の長さがそう思わせるのか・・・
家から5分と走らず、福島第一の煙突(排気筒)が見えます。

こんな近くがあるんだよなと・・・

一緒に行った方は、終始見慣れる風景と見えぬ放射能からくる不安から
表現し難い顔をされていました。

原発事故だけじゃなくて、地震と津波の被害も大きかったのですね。と言われた時に、戻っても純粋な震災からの復興も待っていると気づき
なお、簡単に帰るという選択が難しい現実を再認識しました。

未だに帰れないとは言われないことが、本当に希望を与えている分けではないんですよね。

ただただ「生かされている」のかもしれません。

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