東京都青梅市、講演会での質問について

2013年11月17日

お知らせ

今日頂いた質問の中で、被災者の方は「反原発デモ、脱原発デモ」にもっと積極的に参加してもよいのでは?

という趣旨のご質問を受けました。

私自信も被災者であり伝えたいこと、そして友人、知人から聞いているデモになぜ参加しないかの感想を正直にお伝えしました。

それは「思い出したくない」という気持ちと、「矢面に立つのが怖い」という気持ちです。

被災者の方々は今も胸の内に大きな傷を負っています。当時の事を思い出すだけで、体が震え負の感情が湧きたち、まともな感覚でいられません。
そして、どこに避難しても差別的な扱いを受けています。

被災者だということを隠す方も多いのです。

まだまだ、現地で苦しむ方の思いが浸透していないのだなぁと思いました。元東電という立場で聞かないでくださいと前置きに、直な気持ちをお伝えしました。

吉川さん自身は反原発、脱原発活動はされないのですか?という質問も頂きました。

答えは、「しません」です。

それは今の脱原発、反原発運動の中にどうしても見えないものがあるからです。

それは現在の自分達の生活レベルを見直すという姿勢が見えない
そして原発に依存するしかない人達へのケアです。

原発が作られた原因は政策という側面はあります
その一方、それがあったからこそ繁栄した事実があります。
そして「社会的、経済的に恵まれない地方」に設置されました。

震災は大きな生き方の方向転換になったはずです。
原発は地方の弱者に押し付けられました。
弱者を犠牲にしての繁栄なんです。

震災後、福島第一原発を例にしても、その後処理すらその弱者にまかせています。
本質は何も変わっていないのです。

自分達の生活を顧みず、進めていく問題では決してありません。

ですから「今の」反原発、脱原発の活動には協力できません。
だからと言って原発推進でもありません。
被災者でもあり、原発事故を間近に経験した人間として、無くなって欲しい気持ちは誰よりもあります。
反原発、脱原発運動そのものを批判するものではありません。
やり方への問題提議と私が出来ること(知識、経験が役立つということ)からの考えです。

私は最終処分場も決まらぬ今の状態で出来る廃炉は、単純に原子炉から燃料プールに燃料を移すだけのものと知っています。
それが現実です。

私の智識、経験で今やらなくてはいけないのは、福島原発をいかに安定、安全に廃炉にするかです。

その為に作業員の方々、それに関連する東電社員を守らなくていけないのです。

優先順位は目の前にある危機に対処です。
世界で一番危険で不安定な原子力が福島にあり、そしてそれが満足にコントロール出来ておらず、かつ廃炉を進める作業員の境遇改善すら行われていない。
その事に関して、社会的に支えていこうという基盤すら出来上っていない。
負の遺産として次世代に託さないといけないのに。

私は目の前の危機から目を離したくありません。
福島は私を育ててくれた故郷でもあります。

福島原発を安全、安定に廃炉しなくては皆さんの子供達はどうなりますか?
最悪なケースは想像できるはずです。
単純にこのまま劣悪な環境である作業員の仕事をさせることにもなりかねません。

決して他人事ではないのです。

そして単純に苦しんでいる人を助ける
それは人間が人間である美徳ではありませんか。

それは東電、政府が考えるんだ!!!
当たり前です。
でも私達は任せきりにしていませんか

自分の生活すら見直さず、弱者を食い物にしている
この社会の現実から目を背けてはいないでしょうか

皆さんの出来る範囲、余力の中でお願いできませんか?
頑張っている人に思いをはせる。
必要以上の根拠のないバッシング、人権侵害はやめてみませんか

私は東京電力を辞めることで、外から改善することにしました。
出来る事は小さいです。でも次世代へつなぐ種はまかないといけません。
それに水を与えてくれるのは誰でもない、皆さんです。

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